皇居東御苑エリア

皇居東御苑-皇居付属庭園としての見どころ(令和元年)

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徳川将軍の居城だった旧江戸城の一部を一般公開している「皇居東御苑」。ここでは、迫力ある旧江戸城の歴史と、緑豊かな空間の中を気軽に散策できるのが特徴。季節ごとに異なる景観も見どころの一つで、皇居付属庭園ならではの美術館も見逃せない存在。事前申請の必要はなく、入園料は無料。

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「皇居東御苑」の概要

概要

皇居造営の一環として、昭和35年1月29日の閣議決定に基づき、皇居東地区の旧江戸城本丸、二の丸及び三の丸の一部を皇居付属庭園として整備することとなり、昭和36年に着工し、昭和43年9月に完成したもので、面積約21万㎡の庭園です。昭和43年10月1日から宮中行事に支障のない限り一般に公開されています。
引用:皇居東御苑パンフレット(発行:公益財団法人菊葉文化協会)


皇居東御苑略図(出典:宮内庁ウェブサイト)

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「皇居東御苑」の見どころ

皇居東御苑の出入門

皇居東御苑には、3つの出入門(大手門/平川門/北桔橋門)が用意されている。歴史ある、荘厳な佇まいの出入門も皇居東御苑の見どころの一つ。

大手門

大手門は高麗門と渡櫓門からなる枡形門。江戸城の正門にあたり、かつては、この門から諸大名が登城。現在は、皇居東御苑のメインゲートとして多くの来園者を迎えている。


大手門

 

平川門

江戸城三の丸の正門で、御殿に務めていた奥女中などの通用門として使用されていた。大手門と同様、高麗門と大きな渡櫓門で構成された枡形門になっている。御三家・御三卿はここから登城。
ここでは、三代将軍家光の乳母である「春日局」でさえも、門限に遅れて城内へ入ることができなかったというエピソードが残っている。


平川門

 

北桔橋門

江戸城本丸の北端に位置し、両側の20m以上の高い石垣が特徴。有事の際は本丸を守るため、手前の橋が跳ね上がる仕掛けになっていたが、現在は土橋になっている。この門を抜けると直ぐに天守台に出る。


北桔橋門

 

本丸地区の見どころ

焼失した本丸御殿<本丸大芝生>

本丸地区の広大な芝生地は、本丸御殿がびっしりと立ち並んでいたところ。本丸御殿は幾度となく火災に見舞われ、その都度、再建されたが、文久3年(1863)に焼失してからは再建されることはなかった。

本丸御殿が立ち並んでいた本丸大芝生

(前略)本丸御殿は表、中奥、大奥という三つの空間に分かれていました。表は、将軍の謁見など公式な儀式・行事・幕府諸役人の執務の場で、中奥は将軍の日常生活、政務を執る場、大奥は御台所と呼ばれた将軍の正妻をはじめ家族や女性たちの生活の場でした。
引用:江戸城本丸御殿案内板

 

ココでひとこと!
「江戸東京博物館」には焼失前の本丸御殿の様子を1/200で復元した模型が展示されている。本丸大芝生とその周辺には、びっしりと本丸御殿が立ち並んでいたことがわかる。

幕末の江戸城本丸御殿の模型(出典:江戸東京博物館)

 

建設中止となった天守<天守台>

徳川家康の入城以来、江戸城では慶長度天守(1607年)、元和度天守(1623年)、寛永度天守(1638年)と3度、天守が建てられている。
この天守台は、寛永度天守が明暦の大火(1657年)による焼失後、万治元年(1659年)に再建されたものだが、幕府内の天守不要との結論から、この天守台に天守が建てられることはなかった。


天守台

 

内部を一般公開中<富士見多門>

「多門」は長屋造りの防御施設のこと。江戸城には多くの多門があったが、現存するのは、この富士見多門と、伏見櫓の左右にある多門だけになる。


富士見多門

ココでひとこと!
富士見多門は平成28年11月から内部を一般公開している。旧江戸城の遺構では、通常、建物内へ入ることができないものが殆どだが、この富士見多門は実際に建物内に入ることができる。

 

焼失した天守の代用<富士見櫓>

天守が焼失してからは、この櫓が天守の代用とされた。現存する江戸城の櫓のうち唯一の三重櫓で、どの方角から見ても美しく、「八方正面の櫓」とも呼ばれていた。ここから、品川の海、富士山までが眺められたという。


富士見櫓

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本丸地区の「花や緑」

本丸大芝生の周辺には、桜の島、バラ園、野草の島などがあり、季節ごとに花や緑を楽しむことができる。桜の季節には、例年、大勢の来園者で賑わっている。


松の芝生の桜 3月下旬撮影


バラ園 5月中旬撮影

 

二の丸地区の見どころ

焼失した二の丸御殿<二の丸雑木林/新雑木林>

白鳥濠の東側に広がる「二の丸雑木林」は武蔵野の自然を再現した雑木林。
江戸時代は将軍の別邸やお世継ぎの御殿が立ち並んでいたところ。徳川家光の世子竹千代(四代将軍家継)の住まいや、前将軍の側室が晩年を過ごした場所でもある。


二の丸雑木林 5月初旬撮影

ココでひとこと!
この雑木林は、昭和天皇のご発意により、武蔵野の面影を持つ樹林として、昭和57年から60年にかけて整備されたもの。

 

復元された日本庭園<二の丸庭園>

江戸時代、ここには小堀遠州が造り、三代将軍家光の命で改修されたと伝えられる庭園があった。しかし、度重なる火災で焼失し、明治以降は荒廃。
現在の庭園は、昭和39年(1964)に九代将軍徳川家重の時代に作成された庭絵図面をもとに復元された「池泉回遊式庭園」になる。


二の丸庭園と二の丸池 5月初旬撮影

 

茶屋<諏訪の茶屋>

明治45年(1912)に皇居内の吹上御苑に建てられたもので、昭和43年(1968)に現在の場所に移築された数寄屋風の書院茶屋。


諏訪の茶屋 5月初旬撮影

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二の丸地区の「花や緑」

緑豊かな皇居東御苑の中でも、特に、二の丸地区には四季折々の花や緑が溢れ、ここを訪れる人は多い。
二の丸地区には、二の丸雑木林/新雑木林、二の丸庭園、二の丸池、菖蒲田、都道府県の木などがあり、季節ごとに異なる景観が見れるのも楽しみの一つ。


二の丸庭園のクルメツツジ 4月中旬撮影


菖蒲田のハナショウブ 6月初旬撮影


二の丸雑木林の中のヤマユリ 7月中旬撮影


二の丸雑木林の紅葉 12月初旬撮影


梅林坂の梅 1月末撮影

 

三の丸地区の見どころ

9,800点の皇室関連の美術品を収蔵<三の丸尚蔵館>

皇室に代々受け継がれた美術工芸品等を広く国民に公開するための美術館。ここでは、宮内庁が管理する皇室関連の絵画、美術品などが順次展示されている。


三の丸尚蔵館

(前略)平成元年6月、天皇陛下及び香淳皇后は、昭和天皇まで代々皇室に受け継がれてきた御物の中から、約6千余点の絵画・書・工芸品などを、国へ御寄贈になりました。(中略)
その後、平成8年に旧秩父宮家からの御遺贈品が、同13年には香淳皇后の御遺品が、さらに平成26年には三笠宮家からのご寄贈品が加わり、現在は約9千8百点の作品を収蔵しています。(後略)
引用:三の丸尚蔵館年報 平成28年度(宮内庁三の丸尚蔵館)

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「皇居東御苑」を歩いてみて

皇居東御苑の見どころは、旧江戸城の遺構と季節ごとの花や緑。そして、それらが創り出す景観は1年を通して楽しめること。大規模な天守台や石垣、荘厳な佇まいの城門には迫力があり、豊かな花や緑に囲まれた空間は、とても静かで、ゆっくりとした時間が流れている。また、皇室関連の美術館も皇居付属庭園ならではの見どころの一つになっている。

 

ひとこと!

皇居東御苑は、とにかく広く、坂もあるので、3ヶ所ある休憩所と所々に設置してあるベンチを上手に利用しながらの見学がお勧め。大体、1時間半くらいあれば、ゆっくりと回れる。
皇居東御苑は事前申請の必要はなく、入園料は無料。誰でも気軽に入園できるが、休園日(臨時含む)と期間ごとに異なった公開時間があるのでご注意。(宮内庁ウェブサイトで確認可能)

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アクセス・公開情報

皇居東御苑/東京都千代田区千代田1-1

  • 地下鉄各線「大手町」駅c13b出口から徒歩3分(大手門まで)

※詳細は、皇居東御苑の「アクセス・公開情報」を参照願います

 

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