富士見櫓-江戸城天守閣の役割を果たす

高さ15mの石垣の上に立ち、焼失した天守閣の代用として使われていた富士見櫓。ここからは、将軍が富士山や両国の花火、品川の海を眺めたといわれています。この櫓は、どの方角から見ても同じような形に見えることから「八方正面の櫓」とも呼ばれていました。

重要な防御施設

江戸城本丸の南隅に設けられた防御施設の富士見櫓。各階の窓からは、鉄砲や矢で攻撃することができましたが、富士見櫓には隠れた防御施設の狭間と石落としがありました。

  • 狭間:1階の出窓の脇に設けられた小窓で、蓋を開けて、鉄砲や矢で攻撃
  • 石落とし:1階の出窓の床に設けられた穴で、蓋を開けて、鉄砲や矢で攻撃

 

八方正面の櫓

皇居東御苑側から見た富士見櫓

富士見櫓は高さ約16mで、旧江戸城の櫓で唯一の三重櫓。現在は、耐震性などの問題があり、内部は非公開になっています。


皇居東御苑側から見た富士見櫓

皇居側から見た富士見櫓

皇居側からは、高さ15mの石垣の上に立つ、迫力ある富士見櫓を見ることができます。


皇居側から見た富士見櫓(皇居一般参観で撮影)

富士見櫓は皇居東御苑側から見るよりも、皇居側から見た方が格段に美しさと迫力があります。「皇居一般参観」などに参加すれば皇居側からの富士見櫓を見ることができます。皇居一般参観は、このサイトの中で紹介中です。
皇居一般参観-当日受付で皇居内を歩いて参観

富士見櫓の歴史

創建

慶長11年(1606)頃の創建。その後、明暦3年(1657)の明暦の大火で焼失しましたが、万治2年(1659)に再建されています。

櫓とは

城郭の隅など重要箇所に設けられた防御施設の役割を持った建物です。平時には諸道具、文書等の収納庫等、多様な用途に使用されていました。

修復作業

大正12年(1923)の関東大震災で破損。大正14年(1925)に修復作業を行っています。皇居東御苑の公開に先立ち、昭和41年(1966)から昭和42年(1967)にかけて、外壁等の修理を実施。

ここを歩いてみて

天守閣の代用とされていただけあって、富士見櫓はお城の雰囲気がかなり感じられる建物です。富士見櫓はどの方角から見ても同じような形に見えることから「八方正面の櫓」とも呼ばれていたそうです。皇居東御苑側からではわかりにくいですが、皇居側から見るとそれが納得できます。「皇居一般参観」に参加すれば、高さ15mの石垣の上に立つ富士見櫓の直ぐ横を通って、迫力ある美しい姿を見ることになるでしょう。