皇居外苑エリア

和田倉門跡と和田倉噴水公園

投稿日:2017/04/30 更新日:

皇居外苑の和田倉門跡には、枡形の石垣と復興された橋だけが残されている。その橋を渡り、和田倉門跡を抜けると、和田倉噴水公園に出る。そこは和田倉遺跡の発掘調査が行われたところで、かつては入江(海)だったことが判明している。

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「和田倉門」の概要と現在

概要

和田倉門は、江戸城三十六見附の一つで、江戸城守衛のために築かれた内郭門。警備には、譜代大名で二万石から三万石の者が担当していた。

名前の由来には諸説あり

「わた」とは海のことを指し、このあたりに日比谷入江(海)が入り込み、そこに大きな蔵が2棟あったので「和田倉門」と呼ばれたという。また、徳川家康が江戸に入った時、この辺りは和田倉という村落であったからという説もある。

 

現在

復興された和田倉橋

和田倉濠に架けられた和田倉橋は復興され、木造の面影を残しているが、コンクリート製の橋になる。


復興された和田倉橋

 

和田倉門跡の石垣

和田倉橋を渡った皇居外苑側。ここには、かつて、門があったが、現在は枡形の石垣のみが残っている。


枡形の石垣

 

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和田倉噴水公園

和田倉門跡に隣接する和田倉噴水公園。

皇太子殿下のご成婚を機に平成7年に完成したもので、今上天皇のご成婚を記念して昭和36年に完成した高さ8.5mに吹き上げる大噴水を再整備し、新しく造られた高さ5.5m、長さ30mの落水施設やモニュメントとを流水施設で結んでいます。
引用:皇居外苑パンフレット(環境省皇居外苑事務所)


和田倉噴水公園

広々とした公園で、噴水が勢いよく飛び出している。ここには、無料休憩所とレストランがあり、無料休憩所では、和田倉噴水公園の歴史や、皇居東御苑などの観光情報を紹介している。

 

和田倉遺跡の発掘調査

(前略)
発掘調査によって、本遺跡は沖積地にあたり、自然堆積層上部が水面下となることを確認し、本遺跡を含め現在の皇居外苑一帯は、江戸時代初期に埋め立てられる日比谷入江の一画にあたることが判明した。(中略)
埋立後の本遺跡の敷地活用の初出は、慶長期となる。この時期の当該地は倉が置かれ、「別本慶長江戸図」では「一の蔵地」とあり、幕府の重要な施設であったことが分かる。(後略)
引用:江戸城跡和田倉遺跡(発行:千代田教育委員会)

徳川家康による日比谷入江の埋め立て後は、大名屋敷や御用屋敷といった幕府御用地などとして使用されていた。

 

ひとこと!

和田倉門跡に残っているのは、石垣と復興された橋だけになる。隣接する和田倉噴水公園には、休日の晴天ということもあり、親子連れや、カメラを持った観光客が沢山訪れていた。無料休憩所にはテラスもあり、一息つくには良い場所だと思う。

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基本情報

名称 和田倉門跡・和田倉噴水公園
所在地 東京都千代田区皇居外苑3
アクセス 地下鉄各線「大手町」駅D3出口徒歩1分
東京都千代田区皇居外苑3

 

 

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