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皇居外苑-和田倉門跡と和田倉噴水公園

投稿日:2017/05/01 更新日:

「和田倉門跡」を通り抜けたところにある「和田倉噴水公園」。そこは、皇居東御苑などの散策の後に立ち寄って一息つけるところ。平成6年に行われた発掘調査では、現在の皇居外苑一帯が江戸時代初期に埋め立てられた入江(海)だったことが判明している。

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和田倉の歴史と現在

歴史

1602年(慶長7年)頃の絵図には、門内には「一の蔵」があり、この門が「蔵の御門」と記されています。(後略)
引用:和田倉門跡案内板

「別本慶長江戸図」、「御府内備考」には

1602年(慶長7)頃の絵図と推定される「別本慶長江戸図」は、江戸の町並みを描いたものになるが、そこには「一の蔵地」、そして「蔵の御門と云、士衆通行の橋」と記され、橋も描かれている。

江戸の地誌である「御府内備考」には、1607年(慶長12)頃の絵図に「和田蔵」と称した大きな蔵が2棟あり、蔵があったため、門が名付けられたという内容の記述が残る。


和田倉門(出典:和田倉門跡案内板)

 

幕府の重要施設だった和田倉

徳川家康が江戸に最初に造った「道三堀」(運河)により、船で大量の物資が江戸城へ搬入できるようになった。その道三堀を通って来た船荷は、和田倉門そばの「竜の口」で荷揚げされ、和田倉門内の「和田倉」で保管されていた。和田倉は流通の拠点として重要な役割を果たしていたところになる。

(前略)
道三堀を利用した海上交通の荷揚場という性格が窺え、江戸時代初期の物資流通の拠点であったと推定される場所である。(後略)
引用:江戸城跡 和田倉遺跡(発行:千代田区教育委員会)

この場所は、江戸時代の初期の段階では倉が置かれていたが、その後、大名屋敷であったり、御用屋敷や厩といった幕府御用地として使用されていた。

 

関東大震災による大きな被害

和田倉門の渡櫓門は関東大震災の翌年に撤去。高麗門は解体後、保存されていたが、戦後に半蔵門へ移築となっている。

 

現在

江戸時代に倉や大名屋敷などがあったところは、広々とした噴水公園に変貌していた。

和田倉橋と和田倉門跡

JR「東京」駅丸の内中央口から「行幸通り」を皇居方面に向かうと、右側に和田倉濠が見えてくる。その和田倉濠に架けられている橋が和田倉橋。江戸時代の木造の面影に復興されているが、コンクリート製の橋になる。
和田倉橋を渡って、和田倉門跡に入ると、そこには枡形の石垣だけが残されている。


復興された和田倉橋と石垣だけの和田倉門跡

 

和田倉噴水公園

和田倉門跡の枡形の石垣を通り抜けると、広々とした和田倉噴水公園に出る。江戸時代は倉や大名屋敷などがあったところになる。
ここにある大噴水は、昭和36年、当時皇太子殿下であった今上天皇の御結婚記念として創建されたもので、皇居外苑の主要施設として永らく親しまれている。


和田倉噴水公園

 

無料休憩所

無料休憩所とは思えないほど、きれいな施設。外には飲み物の自動販売機が置かれ、そこで購入した飲み物を無料休憩所の中やテラスに持ち込むことができる。勿論、トイレも設置されている。


無料休憩所入口

ココでひとこと!

無料休憩所の中では、和田倉噴水公園の歴史や、皇居・皇居東御苑・皇居外苑などの観光情報を紹介している。また、ここには案内のスタッフの方がいて、気になることがあれば、気軽に聞くことができる。

 

和田倉噴水公園レストラン

パレスホテル直営のレストランで、目の前の噴水を眺めながら、優雅な時間を過ごすことができる。無料休憩所の隣にあり、こちらは有料のレストランになる。


和田倉噴水公園レストラン

 

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和田倉遺跡発掘調査

発掘調査の概要

和田倉遺跡の発掘調査は、噴水公園改修工事に伴い行われた緊急発掘調査で、平成6年8月24日から同年10月4日まで行われた。
発掘地点は和田倉噴水公園の一部で、江戸時代には、倉が置かれたり、大名屋敷であったり、御用屋敷や厩(うまや)といった幕府御用地として使用されていたところ。

 

発掘調査の成果

発掘調査により、皇居外苑一帯は江戸時代初期に埋め立てられた、日比谷入江(海)の一部であったことが判明。

発掘調査により、厩(うまや)のあった時代の池跡や建物址、上下水道が発見され、そのなかから陶磁器や木製品、瓦のほか、建築部材も出土し、江戸城の実態をうかがう貴重な手がかりとなりました。
また、皇居外苑一帯が中世までの日比谷入江の一部に該当し、江戸時代以降現代に至るまで、高さ4mに及ぶ埋め立てが行われていたことが分かりました。
引用:江戸城跡 和田倉遺跡案内板(無料休憩所内)


遺跡からの出土品の一部を展示している「無料休憩所」

 

書籍「江戸城跡 和田倉遺跡」

この発掘調査を詳しく報告している書籍「江戸城跡 和田倉遺跡」が千代田区教育委員会から発行されていた。(A4・173ページ)
現場の発掘調査後、整理作業・調査を平成7年1月まで行い、報告書刊行となっている。
遺跡の概要・環境から、調査目的・方法、発掘の成果、遺跡の変遷など、和田倉遺跡発掘調査の内容を詳しく報告している。
以下は書籍の一部を引用したものになる。

(前略)
発掘調査によって、本遺跡は沖積地にあたり、自然堆積層上部が水面下となることを確認し、本遺跡を含め現在の皇居外苑一帯は、江戸時代初期に埋め立てられる日比谷入江の一画にあたることが判明した。(中略)
埋立後の本遺跡の敷地活用の初出は、慶長期となる。この時期の当該地は倉が置かれ、「別本慶長江戸図」では「一の蔵地」とあり、幕府の重要な施設であったことが分かる。(後略)
引用:江戸城跡 和田倉遺跡(発行:千代田区教育委員会)

参考文献:千代田区教育委員会(1996年)『江戸城跡 和田倉遺跡』.

 

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ココを歩いてみて

ひとこと!

和田倉噴水公園は広々とした噴水公園で、皇居、皇居東御苑、皇居外苑を散策した後に立ち寄って一息つくのに丁度良いところ。噴水を眺めながら、くつろいだり、無料休憩所内の情報や遺跡からの出土品を見ながら、楽しい時間を過ごすことができた。また、夜の和田倉噴水公園もお勧め。ライトアップされた噴水が豪快に吹き上がる様子は見物。
ここは「東京」駅や「大手町」駅から直ぐの、大都会の中心といったところだが、江戸時代初期に徳川家康が埋め立てる前は入江(海)だったというのが興味深い。

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アクセス情報

名称 和田倉門跡・和田倉噴水公園
所在地 東京都千代田区皇居外苑3
アクセス 地下鉄各線「大手町」駅D3出口から徒歩1分
JR「東京」駅丸の内中央口から徒歩5分
東京都千代田区皇居外苑3

 

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