日本橋エリア

日本橋-はじまりは徳川家康の時代に架けられた木造の橋

投稿日:2017/02/13 更新日:

江戸幕府により、全国に通じる五街道の起点と定められた日本橋。橋の付近一帯は江戸経済の中心地で大変賑わったところ。火災などで幾度となく架けかえられた日本橋だが、現行の橋は国の重要文化財となり、今も日本の道路網の起点となっている。

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400年以上の歴史がある日本橋

日本橋の始まり

日本橋には400年以上の歴史があった。徳川家康が江戸に幕府を開き、日本橋川に木造の橋を架けたことにはじまる。

日本橋がはじめて架けられたのは徳川家康が幕府を開いた慶長八年(1603)と伝えられています。幕府は東海道をはじめとする五街道の起点を日本橋とし、重要な水路であった日本橋川と交差する点として江戸経済の中心となっていました。
引用:日本橋案内板(中央区教育委員会)


東海道五十三次 日本橋 広重(出典:国立国会図書館)

 

日本橋の繁栄

江戸一番の活気のあった日本橋通り

日本橋は、徳川家康入府後、最初に整備された下町。五街道の起点として定められ、交通網の発達により多くの人が江戸に集まるようになった。

江戸時代の豪商「三井越後屋」

「店前売り」、「現金掛け値なし」という販売方法で大店に成長。一日の売上が千両と称せられる繁盛ぶりとなった。


駿河町之図 広重 (出典:国立国会図書館)

日本橋魚河岸

日本橋北詰東側にあった魚河岸。日本橋川の水運を利用して、各地から沢山の魚介類が集められ、一日に千両の取引があると言われた。


日本橋魚市繁栄図 国安(出典:国立国会図書館)

 

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現在の日本橋

地下鉄「三越前」駅B6出口を出ると、直ぐに、日本橋がある。現在の日本橋は、石造二連アーチの道路橋になり、橋の上には首都高速道路が走っている。日本橋は片側2車線の国道で、車の往来がとても多いところ。

日本橋の昼と夜

 

日本国道路元標

現在、日本橋中央(国道上)には、「日本国道路元標」が埋め込まれている。これは、日本橋が日本の道路の起点であることを示している。国道上は交通量が多くて見学は難しいので、日本橋北詰西側の「元標の広場」に、「日本国道路元標」の複製が置かれている。その横には、「里程標」が置かれ、日本橋からの里数が記載されている。


道路中央に「日本国道路元標」が埋め込まれている

 

復元された原寸大の日本橋

日本橋の大きさは、全長28間(約51メートル)、幅4間2尺(約8メートル)になる。江戸東京博物館には、橋の北側半分の14間を縮尺1/1で復元されたものが展示されている。


江戸東京博物館 

ひとこと!

江戸経済の中心で、全国に通じる街道の起点となった日本橋は、やはり魅力ある歴史スポット。橋の上を走る首都高速道路が無ければ、さらに素晴らしいものになるはず。橋のたもとには、「日本橋魚河岸の碑」や「日本橋高札場」などの史跡もある。周りは、日本有数のデパートや老舗が立ち並ぶところで、今も昔も行き交う人はとても多い。

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基本情報

名称 日本橋
所在地 東京都中央区日本橋一丁目、日本橋室町一丁目
アクセス 地下鉄半蔵門線/銀座線「三越前」駅B6出口直ぐ
緯度経度で指定

 

 

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